「妊娠中だから、歯医者は出産後にしたほうがいいですよね」
診療室で、よくそう聞かれます。歯ぐきが腫れている、詰め物が取れた。それでも、お腹の赤ちゃんのことを考えて、我慢しておられる方が少なくありません。
結論からお伝えします。妊娠を理由に歯科治療を控える必要はありません。むしろ、先延ばしにすることのほうが問題を大きくすることがあります。
今回は、妊娠中の歯科受診について、よくいただく疑問にお答えしていきます。
そもそも、我慢しないほうがよい理由
妊娠すると、お口の環境は変わります。これはご本人の努力とは関係のない変化です。
女性ホルモンが増えることで歯ぐきが炎症を起こしやすくなり、妊婦さんの6割から7割以上に、歯ぐきの炎症がみられると報告されています。加えて、つわりがあれば歯みがきそのものが難しくなります。
つまり、妊娠中はもともとトラブルが起きやすい時期です。そこで受診を先延ばしにすると、出産後に、慣れない育児をしながら治療に通うことになります。それは決して楽ではありません。
なぜ妊娠中に歯ぐきが腫れやすくなるのか、そして毎日のケアで何ができるのかは、次回の記事でくわしくお話しします。今回は、受診をためらわせている具体的な不安から片づけていきます。
レントゲンは大丈夫ですか?
いちばん多くいただく質問です。
歯科のレントゲンで受ける放射線の量は、小さなフィルムで撮るもの(デンタル)が1枚あたり0.01ミリシーベルト、お口全体を撮るもの(パノラマ)が1回0.03ミリシーベルト程度とされています。
この数字だけではピンとこないと思いますので、比べてみます。
私たちが日常生活の中で自然に受けている放射線は、日本の平均で年間1.5ミリシーベルトほどです。飛行機で東京とニューヨークを1往復すると、宇宙から受ける分が0.2ミリシーベルト増えるとされています。
そして、胎児への影響が問題になるとされる水準は100ミリシーベルトです。桁がいくつも違うことがおわかりいただけると思います。
さらに、歯科の撮影は口元が対象で、子宮からは距離があります。
麻酔はしても大丈夫ですか?
歯科で使う局所麻酔は、通常の歯科治療で使う量であれば問題ないとされています。使う量がごくわずかで、しかも打った場所で代謝されるためです。
むしろ、痛みを我慢して治療を受けるほうが、お母さんにも赤ちゃんにも負担になります。痛みは血圧を上げ、ストレスになるからです。
なお、麻酔薬の種類によっては、子宮の収縮に関わる可能性が指摘されているものがあります。妊娠後期にはそうした成分を含むものを避けるなどの配慮をしますので、妊娠週数を必ずお知らせください。
お薬はどうなりますか?
ここは、正直にお伝えします。「何を飲んでも大丈夫」ではありません。薬によって扱いが違います。
痛み止めや抗菌薬には、妊娠中でも比較的安全に使えるとされているものがあります。一方で、赤ちゃんの歯の色に影響が出る可能性があるため避けるべきとされている薬や、妊婦さんには使わないこととされている薬もあります。妊娠の時期によっても判断が変わります。
授乳中も同様です。母乳への移りやすさは薬によって異なり、注意が必要なものがあります。
ですので、妊娠中・授乳中であることは必ずお伝えください。それさえわかれば、その時期に適したものを選んでご説明します。「飲まずに我慢する」という選択が一番よくないことも、あわせてお伝えしておきます。
いつ受診するのがよいですか?
体調が落ち着く妊娠中期(5か月から7か月頃)が、通常の治療を行いやすい時期です。
妊娠初期は、つわりで長く口を開けているのがつらい時期でもあります。この時期は、痛みなどの急を要する処置にとどめるのが一般的です。
妊娠後期になると、仰向けの姿勢が負担になることがあります。お腹が大きくなると血管が圧迫され、気分が悪くなることがあるためです。当院では、椅子を倒しすぎない、クッションで姿勢を調整する、こまめに休憩をとるといった配慮をしています。つらくなったら、遠慮なくおっしゃってください。
つわりで健診に行けなかった、という方もいらっしゃると思います。体調が落ち着いてからで構いません。
鎌倉市の妊婦歯科健康診査について
鎌倉市にお住まいの方は、妊娠中に1回、無料で歯科健診を受けられます。当院は、この鎌倉市妊婦歯科健康診査の実施医療機関です。
- 対象:鎌倉市に住所のある妊婦さん
- 費用:無料
- 回数:妊娠中に1回(出産後は受けられません)
- 内容:歯の状態と歯ぐきのチェック、歯みがき指導など
- 受診券:母子健康手帳と一緒にお渡しされています
- 時期:市では妊娠12週から27週頃の安定期をおすすめしています
事前のご予約が必要です。お電話の際に「鎌倉市の妊婦歯科健診を受けたい」とお伝えください。
当日は、次の4点をお持ちください。
- 受診券
- 母子健康手帳
- 健康保険証
- 現在かかっておられる産婦人科の診察券
一点、ご承知おきいただきたいことがあります。この健診はお口の状態を確認して、その方に合った歯みがきの方法までをお伝えするものです。クリーニングや歯石の除去、むし歯の治療といった処置は健診には含まれません。必要な場合は、あらためて保険診療でお受けいただくことになります。
制度の詳細や最新の情報は、鎌倉市のホームページ(妊婦歯科健康診査)でご確認いただけます。
藤沢市や横浜市など、鎌倉市外にお住まいの方へ。多くの市町村で、同じような妊婦歯科健診の制度があります。ただし受診できる医療機関が指定されていることが多いので、お住まいの市町村の窓口や、母子健康手帳と一緒に受け取られた案内をご確認ください。
受診のときに、お伝えいただきたいこと
スムーズに進めるために、次の3つをお知らせください。
母子健康手帳をお持ちいただけると、妊娠週数や経過が一目でわかります。
産婦人科の先生から言われていることがあれば、あわせて教えてください。血圧のこと、貧血のこと、お腹の張りのこと。治療の進め方を考えるうえで大切な情報です。
そして、今つらいこと。つわりがきつい、腰が痛い、長く口を開けていられない。遠慮なくおっしゃっていただければ、その分の配慮ができます。
最後に
妊娠中は、体のことも、これからのことも、心配が尽きない時期だと思います。そこに歯のことまで加わると、余計に不安になるかもしれません。
ですが、妊娠を理由に歯科を遠ざける必要はありません。レントゲンも麻酔も、必要に応じて安全に行えます。わからないこと、不安なことは、どうぞそのままお聞かせください。
R歯科医院は、1986年の開業以来、鎌倉市台のこの地で予防を大切にした診療を続けてまいりました。大船・鎌倉で妊娠中の歯のことが気になっている方は、まずはお気軽にご相談ください。
参考
- 上野ほか「妊産婦および授乳期における歯科治療と薬物療法」歯薬療法 2023
- 加藤ほか「妊婦の歯周疾患と早産・低体重児出産」日本歯周病学会会誌 2024
- 日本歯科医師会「テーマパーク8020」
- 東京都歯科医師会「放射線と歯科X線撮影のお話」
- 鎌倉市「妊婦歯科健康診査」
