前回の記事で、妊娠中でも歯科治療は安全に受けられることをお話ししました。
今回はその続きとして、妊娠中にお口の中で何が起きているのか、そして毎日のケアで何ができるのかをお話しします。
「ちゃんと磨いているのに、歯ぐきが腫れる」。そう感じておられる方にこそ、読んでいただきたい内容です。
磨けていないから、ではありません
妊娠中は、歯ぐきが炎症を起こしやすくなります。妊婦さんの6割から7割以上にみられるとされていて、決して珍しいことではありません。妊娠2か月頃から増え始め、8か月頃にかけて強く出て、出産後にはもとの状態に戻っていくことが多いとされています。
ここで、はっきりお伝えしておきたいことがあります。
この歯ぐきの腫れは、「磨けていないから」ではありません。
複数の研究をまとめてみると、妊娠によって歯垢(プラーク)の量そのものは変わらないのに、歯ぐきの炎症の指標だけが上がることが示されています。つまり、同じように磨いていても、体のほうが炎症を起こしやすくなっているのです。
理由は、女性ホルモンの増加にあると考えられています。ホルモンの影響で、歯ぐきがわずかな刺激にも強く反応するようになります。
さらに近年の研究では、歯周病の原因となる細菌が特に増えていなくても、妊娠中の歯肉炎が起こりうることが示されています。汚れや細菌の量だけでは説明できない変化が、体の側に起きているということです。
ですから、「自分の磨き方が悪いのだ」と責める必要はありません。
つわりが重なると
そこに、つわりが加わります。
吐き気で奥まで磨けない。食事の回数が増える。味の好みが変わる。嘔吐によって口の中が酸性に傾く。こうした変化が重なると、お口の環境はさらに厳しくなります。
妊娠初期の方を対象にした国内の調査では、7割以上の方が「歯を磨くと血が出る」「歯ぐきが腫れる」「しみる」のいずれかを自覚しているという結果が出ています。
つまり、多くの方が同じ状況にあります。決して、あなただけではありません。
早産との関係について
「歯周病だと早産になる」という話を聞いたことがあるかもしれません。ここは、少し丁寧にお話しします。
歯周病のある妊婦さんで、早産や低出生体重児の出産、妊娠高血圧腎症のリスクが高くなるという報告は、数多くあります。ここは比較的はっきりしています。
一方で、妊娠中に歯周病の治療をすれば、それらを防げるのか。実はここについては、学会の資料でも「明確な根拠はない」とされています。効果があったという報告と、なかったという報告の両方があり、結論が出ていないのです。
では意味がないのかというと、そうではありません。同じ資料は続けてこう述べています。妊娠中期に行う歯周治療は安全であり、妊婦さんご自身の歯ぐきの健康を取り戻すために有用であると。
つまり、「早産を防ぐため」ではなく、「ご自身のお口の健康のため」に受けていただく治療だということです。理由が違うだけで、受ける意味がなくなるわけではありません。
私たちは、不確かなことを確かなことのようには申し上げません。ただ、お口の健康を守ることそのものに、十分な意味があると考えています。
できれば、妊娠する前に
もう一つ、お伝えしておきたいことがあります。
歯周治療で早産を防げるという結果が出にくい理由として、治療を始める時期が遅すぎるのではないかという指摘があります。多くの研究が安定期から治療を始めており、それでは間に合わないのかもしれない、という考え方です。
早産を防ぐ方法を調べた研究でも、妊娠初期から始めた取り組みは効果が出ているのに対し、後期から始めたものでは差が出ていませんでした。
ということは、理想を言えば、妊娠する前に歯ぐきの状態を整えておくのがよいということになります。妊娠していない時期のほうが、治療の制約も体の負担も少なくて済みます。
これから妊娠をお考えの方、あるいは次のお子さんを、とお考えの方。今のうちに一度、お口の状態を確認しておかれることをおすすめします。
今日からできること
具体的なことを、一つだけ。
妊娠初期の方の調査で、歯ぐきの症状と最も関係が深かったのは、フロスや歯間ブラシを毎日使っているかどうかでした。毎日使っている方は全体の16%ほどで、使っていない方では症状を自覚する割合が2倍以上でした。
歯ブラシだけでは、歯と歯の間の汚れは落としきれません。そして歯ぐきの炎症は、まさにその隙間から始まります。
つわりで歯ブラシがつらいときでも、フロスなら使えることがあります。無理のない範囲で、試してみていただければと思います。
つわりがつらいときの工夫
どうしても磨けない時期もあります。そんなときに試していただけることを挙げておきます。
- 体調のよい時間帯に磨く。無理はしない
- 小さめの歯ブラシを使い、小さく動かす
- 顔を下に向けて、奥から前にかき出すように磨く
- においの強い歯みがき剤を大量に使わない
- 何かをしながらでよい。テレビを見ながら、お風呂に入りながら
- どうしても磨けないときは、うがいだけでもする
- 吐いたあとはうがいをして、胃酸を流しておく
全部やろうとしなくて大丈夫です。できそうなものを一つ二つ、で十分です。
一度、状態を見せてください
妊娠中の歯ぐきの変化は、ご自身では判断しにくいものです。腫れているのが妊娠による一時的なものなのか、もともとあった歯周病が進んでいるのか。見た目だけでは区別がつきません。
鎌倉市にお住まいの方は、妊娠中に1回、無料で歯科健診を受けられます。歯と歯ぐきの状態を確認し、その方に合った歯みがきの方法までお伝えする内容です。
当院は鎌倉市妊婦歯科健康診査の実施医療機関です。事前のご予約が必要ですので、お電話の際に「鎌倉市の妊婦歯科健診を受けたい」とお伝えください。当日は、受診券・母子健康手帳・健康保険証・産婦人科の診察券をお持ちください。
制度の詳細や最新の情報は、鎌倉市のホームページ(妊婦歯科健康診査)でご確認いただけます。
市外にお住まいの方も、多くの市町村に同じような制度があります。お住まいの市町村の案内をご確認ください。
制度を使わずに受診していただいても、もちろん構いません。大切なのは、一度状態を知っておくことです。
最後に
妊娠中の歯ぐきの変化は、体が起こしている自然な反応です。ご自身を責める必要はありません。
ただ、放っておいてよいものでもありません。もともと歯周病があった方の場合、妊娠中にそれが進んでしまうこともあります。気になることがあれば、遠慮なくご相談ください。
R歯科医院は、1986年の開業以来、鎌倉市台のこの地で予防を大切にした診療を続けてまいりました。大船・鎌倉で妊娠中の歯ぐきのことが気になっている方は、母子健康手帳をお持ちのうえ、まずはお気軽にご相談ください。
参考
- 日本歯周病学会「歯周病と全身の健康 2025」
- 加藤ほか「妊婦の歯周疾患と早産・低体重児出産」日本歯周病学会会誌 2024
- 大友ほか「妊娠初期における口腔内自覚症状と関連要因の分析」口腔衛生学会雑誌 2022
- 木寺ほか「早産を予防する看護介入:スコーピングレビュー」日本看護科学会誌 2024
- 日本歯科医師会「テーマパーク8020」
- 鎌倉市「妊婦歯科健康診査」
