「スプーンは分けてくださいね」「口移しはやめましょう」
お子さんが生まれてから、そう言われたことはありませんか。あるいは、ご家族から注意されたことがあるかもしれません。
この話には、続きがあります。近年、複数の学会がこの点について見解を出しており、以前より整理された形で説明できるようになりました。今回は、そこからお話しします。
むし歯の菌がうつること自体は、事実です
まず、前提をお話しします。
生まれたばかりの赤ちゃんのお口には、代表的なむし歯の原因菌である「ミュータンス菌」は、まだ住み着いていません。それが、周囲の大人の唾液などを介して、赤ちゃんのお口に入ってきます。ご家族からお子さんへ菌がうつること自体は、はっきりと確認されています。
ただし、入ってきてすぐ住み着くわけではありません。歯が生えていないうちは、菌は住み着きにくいのです。菌が歯の表面に付着して増える性質を持っているからです。乳歯が生えてきて、糖分を含む食べ物をとるようになると、そこではじめて住み着きやすくなります。
ここまでが、事実として確認されていることです。
では、スプーンを分ければ防げるのか
問題はここからです。
「菌がうつる」ことと、「食器を分ければ防げる」ことは、別の話です。
この点について、日本口腔衛生学会は2023年に見解を公表しました。そこでは、食器の共有を避けることでむし歯が予防できるという科学的根拠は、必ずしも強いものではないと述べられています。3歳児を対象とした日本の調査で、親との食器共有とむし歯との関連が認められなかったという報告も紹介されています。
長く言われてきた指導ですが、その効果を裏づける根拠は、思われているほど強くありません。
学会が本当に言っていること
では「分けなくてよい」のかというと、そこまで言い切れるわけでもありません。ここは正確にお伝えします。
日本小児歯科学会も2023年に見解を出しています。そこでは、菌がうつること自体は明らかであるとしたうえで、食器やスプーンの共有がその原因の一つになっている可能性は否定できない、と書かれています。共有を勧めているわけではないのです。
そのうえで、学会はこう続けます。菌がうつるのを最小限にとどめるためには、食器を共有しないことに限らず、保護者の方ご自身がきちんと歯科健診を受け、むし歯や歯周病のないお口の状態を保ちながら子育てをすることが大切である、と。
整理すると、こうなります。
- 菌はうつる。これは事実
- 食器を分けることに意味がないとは言えない
- ただし、そこだけに神経を注いでも、むし歯は防げない
- ご家族ご自身のお口を健康に保つことも、むし歯予防の大切な土台である
「スプーンを分けているから大丈夫」でもなく、「分けなかったから手遅れ」でもありません。気にするところが、少しずれているのです。
では、何が本当に効くのか
ここからが本題です。菌がうつったとしても、むし歯は防げます。効果がはっきりしていることを、3つお伝えします。
一つめ。フッ化物入りの歯みがき剤
現在、最も明確に推奨されているのがこれです。
2023年に4つの学会が合同で示した方法では、年齢によって量と濃度が決められています。
- 歯が生えてから2歳:米粒程度(1〜2mm)、900〜1000ppm
- 3歳〜5歳:グリーンピース程度(5mm)、900〜1000ppm
- 6歳以上:歯ブラシ全体(1.5〜2cm)、1400〜1500ppm
いずれも、就寝前を含めて1日2回が基本です。
濃度を聞いて、心配になる方もいらっしゃると思います。小さいお子さんは、歯みがき剤をうまく吐き出せず、少し飲み込んでしまうことがあります。
ですが、年齢に合った濃度と使用量を守っていれば、1回の歯みがきに使う適量を飲み込んでしまっても、通常は心配ありません。
2023年の学会資料でも、1歳のお子さんが推奨量を1日2回使用し、仮にそのすべてを飲み込んだ場合でも、食べ物や飲み物から摂る分と合わせて、健康に影響が出るとされる量を下回るという試算が示されています。
大切なのは、「飲み込まないこと」よりも、年齢に合った量を守ることです。
うがいができるようになったら、少量の水で1回だけにしてください。しっかりすすぐと、せっかくのフッ化物が流れてしまいます。
二つめ。仕上げみがき
こちらは、最初から完璧を目指さないことが要点です。
歯が生え始めたら、まず習慣づけから始めます。いきなり歯ブラシを入れるのではなく、ガーゼや綿棒で拭うところから。慣れてきたら乳児用の歯ブラシで、1〜2回ちょんちょんと触れる練習をします。刺激に慣れてきたら、1本ずつやさしく。
1本あたり5秒程度で十分です。強すぎたり長すぎたりして、お子さんが嫌になってしまうことのほうが問題です。
回数についても、段階があります。歯ブラシに慣れるまでは、お子さんの機嫌がよい時間帯、保護者の方に余裕のあるときから始めて構いません。慣れてきたら、就寝前を含めて1日2回を目安に習慣にしていきます。
なかでも、就寝前の歯みがきは大切です。眠っている間は唾液が減り、お口を守る働きが弱くなるからです。
上手にできた日は、ほめてあげてください。嫌なことではなく、ほめられることとして覚えてもらうほうが、長く続きます。
三つめ。砂糖は、量だけの問題ではありません
甘いものについては、「どれだけ食べるか」と「何回食べるか」の両方が関わります。
厚生労働省の資料でも、むし歯のリスクを下げるには砂糖の総摂取量を減らすことに加えて、砂糖を含む食品や飲料の摂取回数を下げることが大切だとされています。根拠になっているのは、同じ量の甘いお菓子でも、食事のときだけ与えた場合と、間食にも分けて回数を増やした場合とを比べると、後者でむし歯が増えたという調査です。
ですから、気をつけていただきたいのは次のような習慣です。
- 時間を決めずに、だらだらと食べる
- 甘い飲み物を、少しずつ何度も飲む
- 哺乳びんにジュースやスポーツドリンクを入れる
- 寝る前に甘い飲み物を与える
なお、母乳だからむし歯になる、という単純な話ではありません。気をつけていただきたいのは、甘い飲食物の回数と、歯みがき、フッ化物の使い方のほうです。
そして、もう一つ大切なことがあります。厚生労働省の同じ資料には、砂糖を制限するだけではむし歯予防として不十分であり、フッ化物入りの歯みがき剤の利用などと併せて取り組むことが大切だと書かれています。
甘いものを我慢させることだけに頑張っても、足りないのです。だからこそ、フッ化物と仕上げみがきの話を先にしました。
神経質になるところを、間違えない
長くなりましたので、まとめます。
スプーンを分けることだけに神経を使うより、ご家族ご自身が歯科健診を受けること。フッ化物を正しく使うこと。就寝前を含めた仕上げみがきを続けること。甘いものの回数を決めること。こうした対策を組み合わせていくことのほうが、むし歯予防には大切です。
当院では、0歳のお子さんから受診していただけます。処置をするわけではありません。お口の中の見方、ガーゼでの拭き方、歯ブラシの始め方を、実際のお子さんのお口を見ながら歯科医師または歯科衛生士がお伝えします。フッ化物の使い方も、歯が生えた時期に合わせてご説明します。
そして、保護者の方ご自身のお口も、一緒に確認させてください。学会が指摘しているとおり、そこがお子さんのお口の健康につながっています。
R歯科医院は、1986年の開業以来、鎌倉市台のこの地で予防を大切にした診療を続けてまいりました。大船・鎌倉で、お子さんの歯のことが気になる方は、まずはお気軽にご相談ください。
参考
- 日本口腔衛生学会「乳幼児期における親との食器共有について」(2023年)
- 日本小児歯科学会「乳幼児期における親との食器共有について」(2023年)
- 日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科保存学会・日本老年歯科医学会「フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法」(2023年)
- 日本小児歯科学会「こどもたちの口と歯の質問箱 産まれてから2歳頃まで」
- 日本歯科医師会「妊娠時の歯やお口のケア」(テーマパーク8020)
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「甘味(砂糖)の適正摂取方法」
