これまでの2回は、妊娠中の「お母さん自身のお口」についてお話ししてきました。歯科を受診してよいのか、歯ぐきが腫れるのはなぜか、という内容です。
今回は、視点を変えます。おなかの赤ちゃんの歯の話です。
診療室で、妊婦さんからこんなふうに聞かれることがあります。「赤ちゃんの歯って、いつからできるんですか」「今のうちに何かしておいたほうがいいですか」。
その答えを、順番にお話しします。
赤ちゃんの歯は、おなかの中でつくられはじめます
最初の乳歯が生えてくるのは、生後半年頃から。多くは下の真ん中の歯から生えはじめます。ですが、歯そのものがつくられはじめるのは、ずっと前です。
まだおなかが目立たない妊娠初期に、お口の表面の細胞が内側へ入り込んで、乳歯のもとになる「歯の芽」がつくられます。そして妊娠4〜5か月頃になると、その芽にカルシウムやリンが取り込まれて、少しずつ硬い組織に変わり、歯の形をつくっていきます。
大人の歯(永久歯)の芽も、一部はこの時期からつくられはじめています。
これらの芽は、そこから数年という時間をかけて、顎の骨の中でゆっくり育っていきます。そしてやがて、歯として口の中に顔を出します。
つまり、妊娠を知った頃には、赤ちゃんの歯づくりはもう始まっているということです。
カルシウムをめぐる、二つの誤解
歯が硬くなるのにカルシウムが関わると聞くと、心配になることが二つあると思います。順にお答えします。
一つめ。「赤ちゃんにカルシウムを取られて、自分の歯が悪くなる」
昔から「一子を得ると一歯を失う」という言い方があります。ですが、一度できあがった歯から、赤ちゃんのためにカルシウムが取り出されて歯がもろくなる、ということはありません。
妊娠のたびに歯を悪くする方が多かったのは事実ですが、それは別の理由によるものです。妊娠中は歯ぐきが炎症を起こしやすくなり、つわりで歯みがきが難しくなり、食事の回数も増えます。お口の環境が変わりやすい時期だからであって、歯が溶け出しているわけではありません。
二つめ。「カルシウムをたくさん摂れば、丈夫な歯の子が生まれる」
歯をつくる材料としてカルシウムが必要なのは、そのとおりです。ですが、摂れば摂るほどよい、というものでもありません。
歯はカルシウムだけでできているわけではありません。歯の芽をつくるもとになる良質のたんぱく質、カルシウムの働きを助けるビタミン、歯の土台をつくるビタミンなど、さまざまな栄養が揃ってはじめて丈夫な歯ができます。
ある一つの栄養素を増やすことよりも、全体としてバランスのとれた食事をとることのほうが理にかなっています。
特別なことをしていただく必要はありません。妊娠中の食事として一般にすすめられていることを、無理のない範囲で続けていただければ十分です。
生まれてすぐは、まだ「磨く」時期ではありません
ここからは、生まれたあとの話です。
歯がまだ1本も生えていない時期に、本格的な歯みがきは必要ありません。歯がないのですから、当然といえば当然です。
ただし、まったく何もしなくてよいかというと、一つだけ気にかけていただきたい場所があります。上唇の裏側です。
ここは唾液が行き渡りにくく、汚れが自然に洗い流されにくい場所です。上唇をそっとめくると、ミルクのカスがついていることがあります。気になるときは、清潔なガーゼで軽く拭ってあげてください。
こすり取る必要はありません。触れて、拭う。それだけです。
この時期に本当に大切なのは、「慣れること」
歯が生えていない時期に、いちばん意味があるのは、実はこちらです。
赤ちゃんに、口を触られることに慣れてもらうこと。
やり方は難しくありません。赤ちゃんをあお向けに寝かせ、頭を保護者の方のひざにのせて、口の中をのぞいてみる。清潔な指で、そっと触れてみる。
多くの赤ちゃんは、特に上唇の裏を触られるのを嫌がります。ですから、一度に長くやろうとせず、少しずつ時間を伸ばしていきます。そうしているうちに、だんだん口をいじられることに慣れてきます。
これは、遠回りのようでいて、これから長く続く仕上げみがきの下準備です。歯が生えてから急に歯ブラシを入れようとすると、嫌がる子が多くなります。歯がないうちから慣れておくことに、意味があります。
うまくできた日は、ほめてあげてください。
最初の一本が生えたら、歯科デビューを考える時期です
下の前歯が顔を出したら、歯科医院との付き合いを始めることを考えてよい時期です。
なお、歯が生える時期や順番には個人差があります。周りのお子さんと比べて焦る必要はありません。気になる場合は、お気軽にご相談ください。
よく誤解されるのですが、むし歯ができてから連れて行く場所ではありません。歯が生えたら、むし歯をつくらないために行く。それが小児歯科の本来の考え方です。
最初の一本が生えた時期に受診していただくと、次のようなことができます。
- 生え方に気になるところがないかを見る
- 歯みがきの始め方を、実際の赤ちゃんのお口を見ながらお伝えする
- 歯が生えたら始めるフッ化物入り歯みがき剤の使い方をご説明する
- 保護者の方ご自身のお口の状態を確認する
最後の項目を意外に思われるかもしれません。ですが、ご家族のお口の健康は、お子さんのお口の健康とも深く関係しています。この点については、次回あらためてお話しします。
さいごに
妊娠中にしていただきたいことは、実はそれほど多くありません。
バランスよく食べること。そして、ご自身のお口を大切にすることです。前の2回でお伝えしたとおり、妊娠中の歯ぐきは変化しやすく、その時期にご自身のお口を整えておくことが、そのまま出産後の子育ての土台になります。
赤ちゃんの歯のケアは、生まれてから始まるものではありません。妊娠中からひと続きになっています。
R歯科医院は、1986年の開業以来、鎌倉市台のこの地で予防を大切にした診療を続けてまいりました。鎌倉市の妊婦歯科健康診査も実施しております。大船・鎌倉で、妊娠中のお口のことや、生まれてくるお子さんの歯のことが気になる方は、まずはお気軽にご相談ください。
参考
- 日本歯科医師会「歯とお口の発生と育ち方」(テーマパーク8020)
- 日本歯科医師会「妊娠時の歯やお口のケア」(テーマパーク8020)
- 日本小児歯科学会「こどもたちの口と歯の質問箱」(産まれてから2歳頃まで/歯ならび・癖)
