以前の記事で、お口の健康が全身の健康とつながっているというお話をしました。その中で、高齢の方に知っておいていただきたいこととして、誤嚥性(ごえんせい)肺炎に触れています。
今回は、この誤嚥性肺炎について、もう少しくわしくお話しします。
ただし、はじめにお断りしておきます。この記事は「お口のケアをすれば肺炎は防げます」という話ではありません。むしろ、わかっていることと、まだわかっていないことを正直に分けてお伝えする内容です。少し歯切れの悪い話になりますが、そのほうが誠実だと考えています。
誤嚥性肺炎とは、どういうものか
年齢を重ねると、飲み込む力が少しずつ衰えてきます。すると、食べ物や飲み物、あるいは唾液が、誤って気管のほうへ入ってしまうことがあります。これを誤嚥といいます。
このとき、お口の中にいた細菌が一緒に肺へ運ばれると、肺で炎症を起こすことがあります。これが誤嚥性肺炎です。
なお、誤嚥はむせこむとは限りません。ご本人も気づかないうちに起きていることのほうが多いとされています。「うちの親はむせていないから大丈夫」とは、残念ながら言い切れないのです。
日本では長く、肺炎による死亡が大きな課題とされてきました。近年その数は減少傾向にありますが、高齢の方にとって身近な病気であることに変わりはありません。
この記事は、どなたに向けたものか
日本歯周病学会が口腔ケアをすすめているのは、主に、ご自身だけでは十分なお口のケアが難しくなってきた高齢の方についてです。
ですので、この記事は主に、ご家族の介護をされている方に向けたものとお考えください。
「親の口の中まで気が回らない」「そもそも、口のケアにどこまで意味があるのかわからない」。そう感じておられる方に、今わかっていることをお伝えできればと思います。
正直にお伝えしたいこと
「お口を清潔にすれば肺炎を防げます」という言葉を、どこかで目にされたことがあるかもしれません。
ですが、2025年に日本歯周病学会がまとめた資料を読むと、少し慎重な書き方になっています。
口腔ケアによって高齢の方の肺炎そのものが減るかどうかは、現時点では確実とは言えない——これが、複数の研究を集めて検討した結果です。海外の大きな研究の見直しでも、同じように「まだはっきりしない」と結論づけられています。
学会自身、肺炎予防という点を強調して口腔ケアをすすめるには、さらに確かな研究の積み重ねが必要だ、と述べています。
これは、意外に思われた方もいるかもしれません。
なお、あわせてお伝えしておくと、歯周病そのものが肺炎を引き起こすという関係も、はっきり示されているわけではありません。誤嚥性肺炎の話は、歯周病の話とは分けて考える必要があります。
歯科と医科で、言い方が少し違います
では、肺炎を実際に診ている医科の側は、どう見ているのでしょうか。
日本呼吸器学会が2024年にまとめた肺炎の診療ガイドラインでは、「肺炎の予防に口腔ケアを弱く推奨する」とされています。根拠の確実性は高くないと認めたうえで、それでもすすめる、という立場です。
歯科の学会が「肺炎予防を強調してすすめるには、さらに確かな研究が必要だ」と述べているのと、矛盾はしていません。どちらも、効果がはっきりしないことを認めたうえで、一方は慎重に述べ、もう一方は「弱くすすめる」と述べている。立場が違うのではなく、言い方が違うのです。
そして、どちらも「やらなくてよい」とは言っていません。
それでも、大切だと考えている理由
では、お口のケアには意味がないのか。私たちはそうは考えていません。理由を3つお伝えします。
①肺炎による死亡を減らす可能性を示した研究があります
肺炎に「かかるかどうか」とは別に、肺炎で「亡くなるかどうか」を調べた研究があります。
日本で行われた研究を集めて検討したところ、お口のケアを受けていた方のほうが、肺炎で亡くなる割合が低かったという結果が示されています。
ただし、これも研究の数が限られており、海外には同じ結果が出ていない報告もあります。「確実にそうだ」と言える段階ではありません。
それでも、この可能性は軽くないと考えています。肺炎そのものを防げるかははっきりしなくても、肺炎による死亡を減らす可能性を示した研究はある。そういう性質の話です。
②口腔ケアの意味は、肺炎予防だけではありません
ここが、今回一番お伝えしたいところです。
肺炎予防という一点だけで語られてきたために、それ以外の価値が忘れられがちです。お口を清潔で健やかに保つことは、それ自体にいくつもの意味があります。
食べ物の味がわかること。噛めること。食べたり飲み込んだりしやすい状態を保つこと。人と話すときに気にならないこと。口の中が痛くないこと。
食べられるということは、栄養がとれるということです。そして、口から食べられることは、毎日の生活の質にも関わってきます。
肺炎が防げるかどうかという問いだけでお口のケアの価値を測ると、こうしたことが全部こぼれ落ちてしまいます。
③ケアをしない理由にはなりません
だからといって、口腔ケアに意味がない、ということではありません。
学会の資料も、口腔ケアを行うことを妨げるものではない、という立場です。そのうえで、ケアには手間も負担も伴うのだから、「肺炎が防げるから」という一点だけを理由にすすめるのは誠実ではない、と言っているのです。
これは、やめなさいという意味ではありません。理由を正しく持ちましょうという意味だと、私たちは受け取っています。
ご家族ができること
介護をされている方に、あまり負担の大きなことは申し上げられません。できる範囲で、と思います。
毎日のことで言えば、食後に口の中を清潔にすること。義歯を使っておられるなら、外して洗うこと。うがいができる方なら、うがいをしていただくこと。
そして、お口の中を一度見ていただくことです。歯が欠けている、歯ぐきが腫れている、義歯が合っていない。そうしたことは、ご本人が言い出さないことも多くあります。痛みがあっても、我慢しておられる場合があります。
お口の中の変化に気づけるのは、近くにいるご家族です。気になることがあれば、どうぞ歯科にご相談ください。
さいごに
この記事では、あえて「肺炎が防げます」とは書きませんでした。そう言い切れるだけの根拠が、まだ揃っていないからです。
ですが、お口を健やかに保つことに意味がないとは、まったく考えていません。確かなことは確かだと言い、まだわからないことはわからないと言う。そのうえで、できることをしていく。それが私たちの姿勢です。
R歯科医院は、1986年の開業以来、鎌倉市台のこの地で予防を大切にした診療を続けてまいりました。大船・鎌倉で、ご家族のお口のことでお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。
参考
- 日本歯周病学会「歯周病と全身の健康 2025」
- 日本呼吸器学会「成人肺炎診療ガイドライン2024」
- 厚生労働省「人口動態統計」
